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私×家族×社会×組織×?ヨハクは無限の可能性

手を繋いで、砂場に戻ろう。 — 2016-05-11

手を繋いで、砂場に戻ろう。

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女子中学生が2人で手を繋いで飛び降りというショッキングなニュース。人間関係で悩んでいたらしいけれど、一緒に手を繋ぐお友達が一人でもいるのであれば、もっと他にあったのでは。飛び降りるために繋ぐ手があるんじゃないんだよと、多くの人が悲しんでいると思います。

子どもの世界でも大人の世界でもいじめはあるし、理由も程度もさまざまですが、独特の同調圧力が影響しているのも大きいですよね。己の中に無意識にある「異端」に違和感を感じ、からかい、特殊扱いをする。下に見る場合もあれば、秀でている場合は足を引っ張ったりもする。子どもも大人もその辺は結局同じ。というか世の中大人のパワーゲームだらけだし。
日本の学校は「道徳」や「人権」というもとで「平等=(何から何まで)同じである」と学んでいる気がして、「どんなに異なっていても等しく尊い」という多様性の根本を日常の中で実践的に学ぶ必要があると思います。丸ごとおんなじに教育して働いて良かったのは過去の時代なんだけど、その人たち(わたしも含む)が今、親であり大人達なので、あらゆる社会システムを、子どもの教育をも柔軟にすることがよくわからない。だから無用なからかいや、保育園死ねとか就活で死ねとか、今回のように人と違うことで自ら人生を終える人とかが、なくならないのだと思います。

多様性(ダイバーシティ)を学ぶことは、LGBTをファッションのように理解したり、フェミニストになることではなくて、まずは自分の育った環境で形成されているバイアスに気付き続け、解放し続けること。そして自分をマジョリティ側に常に置くのではなく、相手を思いやることだと思います。一人でも多くの人が、何にも自由を奪われずとらわれず、幸せを感じられますように。

子どもの頃に、何も気にせず相手を思いやり、手を繋いで砂場で遊んだことを思い出そう。


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育休と海外留学と人事評価と、金太郎飴。 — 2016-02-16

育休と海外留学と人事評価と、金太郎飴。

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東京大学の中原淳先生のブログ「海外勤務から帰ってきた人が「離職」する理由とは何か?」を読んでいたら、以前、人事制度構築をサポートした企業でのある男性管理職の一言を思い出しました。その会社は、いわゆる年功序列型の人事制度で、育児休職者や復帰後の人事評価について議論をしていたのですが、日本企業に多い、育児休職中=仕事をしていない=スキルアップしていない・成長していない=評価は据え置き=同期から遅れる、という定説に対し、「じゃぁ、会社の研修派遣で海外留学とかはいいの?仕事に直結しないのに評価上がるじゃん(笑)」と、投げかけたのです。私自身は外資系出身なのでそう思っていますが、年功序列型で留学経験のあるエリート管理職の口から出たことにとても驚きました。

その会議は、いわゆる長期傷病者やハンディキャップを持った方などの評価の在り方にも及んだのですが、つまりは多様な状況の社員が前提での「評価軸を会社が定めていない」→「人事評価する権限者も評価の方法がわからない」→「そしてそれで会社組織が(何とか)成り立っている」に尽きると思います。既存の人事評価の手引きは、金太郎飴が順調に育つための物差しにすぎません。

中原先生のブログにある海外勤務は規模の大きな仕事かもしれませんが、今まで自社の評価軸の世界観しかなかった人が、他の新しい評価軸や世界観に出会い、その後の自分の仕事の向き合い方に迷う部分は、海外勤務後も育児休職復帰後も同じだと思います。最近ますます育児休職からの復帰者に対するフォローアップについての研修など行う機会が増えていますが、参加者の顔ぶれによってはこの海外勤務の話も必ずさせていただいています。そして大いに混乱し悩んでもらっています(笑)

子育てからの学びはとても大きいと仰る方も増えました。優秀な人材獲得のためにも、子どもを社会で育てる文脈からも、育児休職時も100%手当を支給する企業まで現れ始めました。どの企業もそのようになるべきとは思いませんが、改めて自社の人事評価を、育児に関する部分だけではなく、じっくり検討する時期に来ていると思います。

金太郎飴用の人事評価制度を変えるのは、このタイミングしかないと思います(^O^)/

 

ちゃんと男女は平等と思う。 — 2015-12-04

ちゃんと男女は平等と思う。

友人のコラム「平等に扱われたい、けど守られたい」の返答コラム(?)です。

ダイバーシティなどをテーマに企業の男性管理職向けにワークショップを行うと、必ずと言っていいほどこの難問をぶつけられます。
「仕事は男女一緒がよくて、でもレディースデーとかお得だし、レディーファーストとかご飯は男性が奢って欲しいとか、結局女性は調子がいいじゃないか、めんどくさいな〜」

私はジェンダー論者ではないし「人権」などの歴史も詳しくないので、そっち方面の解釈は分かりません。

ただシンプルに、人として男女それぞれの尊さは平等であり、どっちが偉いとか上とか下はない、ただそれだけと思っています。そしてそれは性別だけでなくて、国籍や年齢、仕事や役職も全てに関係なく、人は、ただの人でしかない、と思っています。

「平等=同じ」ということではありません。
同じであれば、男女の性別不要だし、そしたら動物として維持できないし・・・(汗)

よく50代以上の女性のパネルディスカッションの中で、今までの仕事の話で
「私は男性と同じようにがんばってきた」
「会社の中で私は自分を女だと思ったことはない」
「男性と同じように扱って欲しいと何度も上司に訴えた」
等のエピソードを耳にします。きっと以前は何倍もがんばらないと「仕事では認めてもらえなかった」と思うし、ひどいことも言われたりされて来たのだと思います。

でも恐らくこのジョセイカツヤクの世界で、それらの「フレーズ」が一人歩きしているような気がしていて。そういう女性もちゃんと「女性」として会社にお化粧をしスカートはいて、長い髪なびかせやって来て恋愛して社内結婚していたりするわけなのですから。

あくまで「仕事全般」においては、「男性より劣っている」と思われたくない、女性である私のことも「認めて欲しい」という欲求なんだと思います。でもそれ以外の場面では、女性として大事にして欲しい、守って欲しいと思うことは自然なことな気がします。

でなければ逆も然りで、会社では女性より優位に立てるけど、家では母ちゃんの尻に喜んで敷かれ小遣い制でがんばるオジサマ世代も、辻褄が合わなくなってしまいます。

女性100名(10代〜50代)に、どんなことが「男女別」が良くて、どんなことが「性別不問」が良いのかアンケート調査を行いました。初期調査ですがあらためて、有名な「マズローの欲求5段階」でいう、土台の物質的欲求ほど男女別を欲し、上の段階に上がるほど、つまり仕事などの価値観になればなるほど「性別にとらわれたくない」欲求を求める相関関係がある結果になりました。
今後、コトラーの「マーケティング4.0(自己実現)」との関係性もありそうな気がしてて面白そうなので、引き続き調査したいと思います。

もちろん実際はひどい人もいるし、悲しい事件もあります。国の制度や会社の慣習がおかしい部分もあります。だけど日本人のほとんどは男女の尊厳は平等と思っているし、お互い優しく接していると思います。私は人の気持ちとしくみが合わなかったり、はっきり線引きができない価値観もまるごと、ファジーで人が造った世界なんだなぁ、そんな中で自分はどんな変化をしながら生きるのかなぁと思うようにしています。

PS:結構、座右の銘です(笑)「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」

参考:マズローの欲求五段階説
「生理的欲求」
「安全・安定の欲求」
「所属と愛の欲求(社会的欲求)」
「承認の欲求(尊厳欲求)」
「自己実現の欲求」