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土の人の会(農業と食と生活と) — 2017-09-03

土の人の会(農業と食と生活と)

海が好きな人は多いけど、土の匂いがする人っている。先日、私の中で勝手に土の匂いがする人たち(+お子ちゃま達も!)を集めたゆるやかな交流会を開きました。

みんな元々は全く別の仕事をしていて、会社員やコンサルタントだったり、デザイナやー、いわゆるITスタートアップ起業家だったり、etc  でも実家の状況変化やライフスタイルや価値観の変化だったりで、農業や食、自然やその周辺に関わる分野にも関わりだした人たちで、かつ土の匂いがする人たちに声をかけてみました。

たまたま山口県にゆかりのある人も多く、お店のオーナーが山口のお酒を用意してくださり、農業×地域・街づくりのテーマも。 みんな少しずつ興味があるテーマや関わった街やバックグラウンドが違うからこそ、その余白がかけ合わさって、新しい学びやインスピレーションが生まれたり、何かワクワクを感じて自信が持てたり、お互いの活動の現場を今度観に行こう!と盛り上がりました。海外とローカル、教育の話にもなったり、また殆どのメンバーが、地元(出身地)と今の居住地とか、またそれ以外とか複数のエリアにまたがって活動しているところも共通のテーマでした。

私自身は土に関わる活動(?)はしていないけれど、食や自然に興味があるし、田舎出身者として無意識に土に近いところで落ち着いて生活をしたいという気持ちがあるので、そのような話を聞くととてもワクワクします。 

色んなところで知り合った人たちを、何かテーマを嗅ぎ分けて引き合わせることは楽しいので、これからも少しずつ紡いでいければなぁと思っています。ご参加いただいたみなさんありがとうございました!

んーちなみに、私は海でも川でもなく「森」が一番しっくりきます。小さいころから魅せられ続けている、トトロの「森」みたいなところ。寺社仏閣が好きなのも「森」を見に行っているのかもしれないです!!
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健やかなコンテクストスキル — 2017-07-29

健やかなコンテクストスキル

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台風5号(ノルー)が迷子になってる。発生してぐるっと回って、ゆらゆらしながら今後の予報円も描けないらしく、気象庁泣かせらしいです。見慣れた右カーブの予想進路と違うノルーちゃん、これからの100年人生(LIFE SHIFT)迷い中みたい。

最近わたしは転職し古巣のグループ会社に戻りました。軸足を置いてピボットしてあちこち行って、そのうち軸足までピボットして台風ノルーちゃんみたいなって、その度に接する世界観、接する人たちが変わって(+増えて×掛け算して)来たと思います。

私は何か専門性があるわけでもないけど最近も、団塊〜バブル世代と氷河期世代以降の特に富裕層マダムの価値観やライフスタイルについての女子トークに始まり、アングラ文化や音楽、教育、職業観、まちづくりや、貧困、インスタ、野心、主体性 etc ////    官公庁や行政・大企業・経営者・フリーランサー・大学教授・大学生・パパママ・友達・家族・子供・市民、、、ぐるぐるしてるからこそ、色んなタグの人たちと話す機会があります。

ちなみに今朝のブランチはRoyal Garden Cafe@大濠公園、60代のご夫婦ばかり。

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いろんな人とコンテクストに沿って応対できる健やかな(≒しなやかな)スキルが必要だなぁと思ってて、学びながら楽しみながらお話ししています。きっと時には失礼にもなっているでしょう、、、私は印象からローコンテクスト人間に思われがちだけど、結構ハイコンテクスト(和風の忖度系)タイプな気がします。今言われているダイバーシティ化が進んだ経済社会ではますますローコンテクスト文化が共通言語となり基本となると思うけれど、逆にそれはそれで合理性による同質化が進み、いわゆるカルチャー(音楽やアート、食なども)はハイコンテクスト文化のあるいはその両方が混ざったような混沌とした余白から生まれやすいような気がしてます。

この辺り詳しい人、ぜひぜひ教えてください!
台風ノルーちゃんの進路にはみなさん気をけましょう〜〜!

東洋経済オンラインより(日本人が黙って忖度ばかりする根本要因

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共感しなくてもいいんだよ。 — 2017-04-28

共感しなくてもいいんだよ。

「いいね!」は欲しいし、自分と同じマインドや一体感がある環境は心地いいですよね。価値観やライフスタイルの多様化のいま、本来それは、自分とぴったり同じような人が減るということ。なのにどちらかというと社会はテーマごとに「共感し合う」ことを無意識に押し付け、多様性をむりやりセグメント化、タグ付けし、順列をつけて、必要以上の社会的弱者を作り出し続け、敵対させ続ける構図etc 、、そんな気がします。

ダイバーシティ「&インクルージョン」をもっと。私たち日本人はきっと「同じである」ことがスタンダード過ぎて慣れ過ぎて、多様な価値観との向き合い方がまだわからないのだと思います。私もそう。制服・年功序列・終身雇用、ロールモデル、生き方etc、全てに王道や正解があり、それ以外は横道や「間」違いなんですよね。

ようやく、いわゆるマイノリティと(勝手に)タグ付けされる人たちが、様々に炙り出されているフェーズですが、その先はマイノリティとしてではなく、それぞれが「違いを受け入れ合うこと」だと思います。そこに無理して共感はいらない、できないし。例えば私は男性でも外国人でもない、まだ母親でもないし、若者でも高齢者でもないから、当事者のように共感できない。その大前提にたった上で初めて対等な人間関係がスタートすると思います。

相手を征服しない、同調圧力で覆わない、自分の全てを理解されなくて当然、そこには常に余白があって、だから予期しないロマンやワクワクや、イノベーションが起こる。そこに気づくことができるか、それは自分や組織を絶対視し過ぎるのではなく。

色んなセグメントやタグを越境している人はそこに気付きやすいですよね。

弱いことを受け入れている人はそれだけで十分強い、そしてとても優しい。
たくさんの好奇心と豊かな想像力、そしてちょぴりの勇気。
そのインクルージョン(=余白)を持った人であれば、どんなにセグメントや言語や考え方が違っても、豊かな信頼関係ができると思います。そういう人に会うたびに、素敵だなぁ楽しいなぁと思って、自分を振り返っています(^o^)